hideという存在
X 又は Xjapanと名乗ったバンド
80年代のロック界を彩ったBOOφY亡き後 突如現れたバンドは
様々な記録をうちたてていく。
ハードロックバンドでのミリオンセラー
日本人アーティストとして史上初の東京ドーム3DAYS公演
その音楽性は主にYOSHIKIのクラシック
に裏打ちされた美しいバラード
彼のドラミングから想像される 「紅」のような
攻撃的スラッシュナンバーが主ではあるが
その他のメンバー特にhideが残した曲も多い。
joker CEREBRATION を代表する快活疾走ロック
Miscast SCARS DRAINなどのアグレッシブロック
XCLAMATION Love Replica などのインストロメンタルなど
YOSHIKIにない系統の楽曲を提供しバンドの楽曲的幅を広げている
ビジュアル系といわれるXの美術担当も主にhideが関与
しており、その後のビジュアル系の日本バンドにあたえた
影響は計り知れないのである。
メンバーのリーダーの最大の相談役でもあった兄貴肌のhide
その優しい かつヒョウキンな性格がバンドの結束を強く
していたといっても過言ではないだろう。
X の成功の後かれはソロ活動は開始する。
写真集 「無言激」
DANCE U NOISE でのFROZEN BUG
「50%&50%」「EYES LOVE YOU」
のダブルシングルリリースデビュー
ただのギタリストとしての範疇を超える暴れっぷりである
3rdシングル 「DICE」 攻撃的ロック
映像的にもショッキングであった
4THシングル 「TELL ME」いわずとしれた名曲
を製作 それらを結集しての1STアルバム
「HIDE YOUR FACE」がリリースされ高い評価を得る。
その後難病の少女「貴志真由子」ちゃんとの出会いから作られた。
5枚目のシングル 「MISERY」歌詞から
彼女を励まそうとする優しいhideのメッセージが込められている。
その後も次々とシングルをリリース 2ND アルバム 「PSYENCE」
をリリース hideFANを次々と獲得し人気も急上昇。
しかし1997年 大晦日 Xが終止符を打つ。
X FANが意気消沈する中
hideは彼らの気持ちを察したようにspread beaverというメンバー
を加え 1998 1/28「ROCKET DIVE」で新たなスタートを切るのである。
海外でもこれまでの楽曲を交えつつ
新世界ロックグループ「ZILCH」を結成し「3・2・1」を製作。
名曲「ピンクスパイダー」「ever free」をダブルリリース
これまた高い評価を得る。
人生の先輩としてのhideが私たち後輩に諭すようなメッセージ
を読み取ることができる。
X 亡き後そのFANをも内包し順調にみえた矢先
悲劇が起きる hide の急死である。
FANは悲しみに明け暮れ 後追い自殺まで引き起こし
これまでにない大量の献花 そしてFANの行動も良心的
であった。心優しいhideのFANらしいエピソードである。
日本の3rd アルバム 「Ja Zoo」は完成まじかであったが
主に INAによりなんとか完成にこぎつける。
遺作となった 「Ja Zoo」楽曲の少なさが悲しいが
もしhideが生きていたらもっとFANを喜ばせるような
CDになったに違いない。
死後10年が経とうとしている今でさえhideFANは多い。
彼が残したメッセージ 楽曲 は永遠である。
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管理人にとってhideは兄貴であった。
始めて買ったCDは「DICE」であったし
初めて買ったアルバムはXのシングルズであった。
それまで洋楽しか興味がなかった私に邦楽のよさを伝えてくれたのだ。
歌詞にも励まされることが多い。
彼は年を取ることはないが 私が彼の年齢を越しても彼は
私にとって永遠の兄貴である。
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