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経歴

天水郡冀県出身。小さい頃から剣術と兵法を学び 小さな頃から優れた者との評判も高く、郡太守に気に入られ将来を嘱望され、魏の中郎将となる。
諸葛亮の北伐の際に、趙雲と一騎打ちで互角に渡り合い、諸葛亮の策を見破り大軍で蜀軍を追い払ったが、孔明はその才能に舌をまき自軍に引き入れるべく
諸葛亮が罠を仕掛け、それにかかり、また大義を解かれて降伏する。
この時若干27歳である。以後、その後継者として常に側で学び、また転戦を続けて活躍する。人材不足の蜀にあり、新進気鋭の逸材で
孔明をして「鳳凰を得た」とその才能に舌をまいた
兵士と苦労を分かち合い、前線においても彼らと共にあって慈しんだため、兵士たちからは絶対の信頼を得て、優れた統率力の持ち主であり
権力闘争を嫌い 農民と同じ位の質素な暮らしぶりで 余った財産は貧困な人の分け与えるという高潔な人柄で人気は高かった
孔明の臨終時の撤退の際も撤退する蜀軍を追ってくる魏の軍勢に対し姜維は急遽反転し反撃を決行 これで司馬懿仲達は本陣へ逃げ帰った。
敵を恐れさせる孔明の英知と姜維の機転が「死せる孔明生ける仲達を走らす」の故事を生んだのである。
孔明の死後は費偉の助言も省みず北伐を何度も敢行 蜀を弱体化させた。
司馬師が蜀侵攻を敢行し 二手に分かれて作戦を展開 姜維はよく鍾会の侵攻を食い止めたがケ艾が別の経路から成都へ侵攻 
劉禅は一戦も交えることなく降伏。
蜀の降伏を姜維は戦地で聞き石に剣を叩きつけて涙した。
その直後鐘会の謀反に荷担し再び回天の悲願を、と願ったが露見、乱入した兵士たちと戦うが力尽き自刃した。

姜維の相関図


李的姜維感

経歴は私の意見を排除して述べました。 ここからは私見入りまくりなのでご注意を 私の中で彼は蜀の終焉を彩る最期の勇士であると思います。 戦術・用兵の術も巧みで兵士との信頼も厚く なんせ権力争いが嫌いで自分は蜀の大将軍でありながら 貧しい暮らしで貧しい人にお金あげるんだもん  謙虚ですね 素晴らしいですね。

し・か・も!

・師弟が共に目標に向かって

・逆境の中立ち向かい

・結局目的は達成されず儚く散る

この構図にめちゃめちゃ弱い私

あー儚きかな虚しいかな 判官びいきな私には「孔明&姜維コンビ」は堪らないことこの上無いのであります。


李的姜維論

彼の北伐に対する評価

蜀と魏との国力差は 6対1 ほどありその現実を省みずに毎年姜維が行った北伐が蜀の財政を困窮へ導いたことは否定できない。 多くの人の姜維評はこれに尽きる。(ある人なんか「彼は運も才覚も持ち合わせていないといわざるを得ない」とまでいってるんだもん涙) 孔明は政治家であり、姜維は軍人である。(ここ重要!!) 孔明は自ら政務を携わり丞相として国全体のことを考えるべきポストにあった。 姜維は大将軍で軍事ポストのTOPではあるが政治的視野を考慮にいれる必要がないのではないかと私は考える。

蜀において北伐を行ったのは孔明と姜維だけであることから皆 安易にこの二人を同じ尺度で図るが 6対1の国力差で北伐を何度も行いながら国の地盤を揺るがさなかったという功績は その後中国の歴史で語り継がれる大宰相・諸葛亮孔明だからこそ成し得たといえよう。 その宰相としての孔明の才能を軍人の姜維に求め、結論をだすことは早計ではなかろうか? また姜維が行う北伐をセーブしていた「費偉」 黄皓の暗躍を阻止する「董允」という内政の要が次々と 死んでいったことによる国の揺らぎや君主劉禅の政治への無関心さが彼に対する批評を助長させている要因は否定できないと私は考える。

少々強引な論理になるが劣勢な蜀が自分の殻に閉じこもっていたら魏がそれにつけ込んでもっと早く 攻め入ってきた可能性は無かろうか? 「あの孔明亡き後の蜀にも例年攻め入る国力があるのか」と魏に思わせ 敵に攻め入る気を起こさせなかった という目に見えない効果があったのではないか 私はそう思いたい。 「魏を滅ぼして「漢王室」を復興せん」劉備玄徳が天下に唱えた漢室復興の志を諸葛亮が受け継ぎ、諸葛亮はその夢を姜維に託し、 姜維は、その国是を遂行するために死ぬまで戦い抜いた。 はたして姜維なくして他に蜀の存在意義を示す者がいただろうか

彼が魏で出世していたならもっと目にわかる数々の軍功をたてていたであろうことを想像すると

彼への評価の低さを嘆かずにはいられない。

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