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父とラーメン


   父はこよなくラーメンを愛した。

   父は小食であり、彼が見た事がある料理しか食べなかった(食わず嫌い)
   洋食も苦手だった。
  
   食べる量が少ないにもかかわらず
 
   ラーメンだけは絶対完食していた。

   道を車で通りラーメン屋の看板を見る度に父が目を凝らす仕草を思い出して懐かしく思うところである。


   父は「仕事に行く」という事を「職場にいってくる」と口にしていた。

   小学校一年生当時の私は

   「ショクバ」を耳にして「食 場」と理解して

   「お父さんはラーメンを食べて これがおいしい これがおいしくない
    といってる仕事をしているのかなー?」という結論に達してしまったのである(笑)

   幼少の勘違いというのは本当に自分でもおかしくて笑ってしまう。


      実際も仕事で出張に行くたびにラーメンを食していたようである。

   仕事関係者でラーメン好きなのは有名だったらしく

   元・知事から「君の一番好きなラーメンを教えてくれ」といわれたそうな…    

   
   父が好きなラーメンはほとんどが醤油 豚骨 醤油豚骨のスープであった
   
   麺の太さは全く問わない スープと麺があっていればいいのだ。

    
   ネギ チャーシュー もやしなどスタンダード以外のトッピングで勝負に来るラーメンを嫌った

   北海道に父が出張に行ったと聞き
   
   「美味しい蟹がラーメンにのってたりするんちゃうん?」と私がきいたら   

   「そういう具材はいいんや 麺とスープ 麺とスープや!」と家でビールを飲みながら大声で言っていたので

   「うん わかった わかったよ」となだめた事があった。
   
   
   インスタント麺ではなぜかサッポロ一番味噌ラーメンを好んだ。 


   私も冬になるとあのサッポロ一番味噌ラーメンが恋しくなる



   父は祖父祖母がいる三重に行くときも

   自分の親に会う前にジャスコに進路を決めて
 
   「先にスガキヤにいこか?」というラーメン馬鹿である。

   「親よりラーメンかい!」とつっこみたくなるのを抑えつつ

    しかし私もラーメンが好きなのでそれでもよかったりするところが私の父親似なところであろう。 


   父が一番好きだったのは山口県にある
 
   「紅蘭」という豚骨ラーメン屋さんである。


   独特の鶏肉の香りと油がのった奇跡的な美味しいスープに麺が絡まっているラーメンである。

   父が中学生高校生の頃にむしゃぶりついて喰っていたらしい
 
   私も昔からというか幼心がついたころから知っているし美味しいという記憶しかない

   
   母側の実家山口に行く時は必ず「紅蘭」にいっていた。

   叔母様は父の異常なまでの「紅蘭」好きを見て

   「紅蘭」で麺とスープをお持ち帰りで買ってきてくれ
   冷めたスープを一度沸騰させて、ペットボトルに入れた物を送ってくれていたのである。

   今でもありがたい事にお米も頂いている

   山口から荷物がきてその中にペットボトルがはいっていれば…


   

父と私は狂喜乱舞するのである。    「お父さん!! 「紅蘭」や「紅蘭」が来たでー!!」    「よし! お母さん 作って!」

     そして母は叔母様によって届けられたスープを温めて鍋に移してくれた。    「叔母様」と「母」の 山口の姉妹の共同作業によって     山口のラ−メンが関西で姿を現し、父と私はおいしいラーメンを食べる事ができたのである。        父が驚異的なのはその日からスープが尽きるまで父は「紅蘭」のラーメンを食べ続けるのである。    3日9食 連続ラーメンは当たり前だった。        さらに信じられない方法なのだが    「残ったスープは飲まずに 戻すように」と父にいわれており    皆がなるべくスープを飲まずにスープの減る量を減らすという      「貧乏性」と「ラーメン好き」を組み合わせた    全く新しい「ラーメンけちけち親父」なのである。                   気になるのは「紅蘭」のスープの腐敗だが母も腐らせないように細まめに火をいれるが    いつかは腐って終わるのだ(笑)    しかし普通に食べるよりは多く食べられるので満足である。(母は迷惑だったろうが…)    そしてついに父は仕事がない土日に鶏がらを取り寄せ自分でラーメンのスープを一から作り始めたのである。    スプーンにスープをのせて口に運ばせながら首をかしげて    「うーん 違う…」とのたまうので 味見させてもらったら    「お父さんめっちゃ旨いやん!」    「いや こうじゃないんや…」    私としてはあの味も非常においしく あのスープの作り方を聞いておけばよかったと思ったものである。(未完第一形態)    晩年 私が退職して実家に帰った頃は父の自作ラーメン用にちっちゃい冷蔵庫があり    豚肉の汁を煮詰めたスープの塊がいくつも入っていたのである。    その塊が入った薄いボウルをケーキのように6等分し市販の生ラーメンのスープにぶち込む    それとは別にキャベツともやしを味付けし炒めて完成    これが

父の後期の「なんちゃって自作ラーメン」

である。(未完第二形態)    土、日、祝日 父は一階から二階に寝ている私に階段の下からこう言うのである        「おーい おいしいラーメンできたでー」 と…             心の中で      自分で「おいしい」ってつけるなよ!    と突っ込んでいたが    今は何も言うまいとおとなしく そのラーメンを食べていた    自分が父にふつうに突っ込めるぐらいの男になったら    「自分で言うなよ 親父!」といってみたかったものだ。    今では父の事を親父というが父の前で「親父」と言った事は一度もない。        いつか面と向かって言ってみたいな 天国で…               父が亡くなってあの味が恋しくなる。    「わしが退職したらラーメンを作っていろんな人に食べてほしい       わしの横でお前はチャーハンでも作って二人で特注の車でラーメン屋やろう       うまくいったら出店や!」    あの希望と願望に満ちた嬉しそうな笑顔は    共にラーメン好きな男として忘れられない笑顔である。    
             

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